アストロラーベの種類
紀元前から18世紀まで広い範囲で使われてきたとあっては、アストロラーベだっていろいろと進化するというもので、アストロラーベの主だった種類を紹介します。
これ以外にも球形だとか線形だとか、マイナーなバリエーションはそりゃもういろいろありまっせ……。
平面アストロラーベ(Planispheric Astrolabe)
現在「アストロラーベ」と言えば、ほぼこの100%この平面アストロラーベのことを指します。
このサイトの説明も、特に注釈がなければこの平面アストロラーベの話です。
古典時代のギリシャで発明され、イスラム世界に渡って発展し、中世ヨーロッパに逆輸入されたのは歴史のページでも説明している通りです。
航海用アストロラーベ(Mariner's Astrolabe)
アストロラーベは天文観測だけでなく航海でも使われました。
ただ、アストロラーベは地上や凪いだ海上での緯度経度の測定はできたのですが、荒れた海上での使用には難があったため、その問題点を解消した「航海用アストロラーベ」が生み出されることとなります。
平面アストロラーベと何が違うかというと、航海用アストロラーベに備わっているのはアリダードと角度の目盛りのみで、黄道や天体の位置計算機能はなく、とにかく太陽や星の高度の測量機能に特化しています。
揺れる甲板の上で風にあおられたりせずに測量ができるよう、できるだけ重い真鍮で、大きさも大きく作られ、またマーテルには風を受け流すための大きな穴があります。
この、航海用アストロラーベがいつ頃発明されたかは定かではありませんが、ドイツ人天文学者で海外探検家でもあったマルティン・ベハイム(*1459〜†1507)が1484年頃に考案したという説があります。
航海用アストロラーベについて確認できる最古の記録は1925年で、遅くとも15世紀の終わりまでには使われていたことが分かっています。
なお、1503年にオマーン沖のアルハラニヤ島で沈没したヴァスコ・ダ・ガマ艦隊の船が、1998年に発見され、この時ポルトガル王家の紋章があしらわれた金属製の円盤が回収されました。
2016年の調査で、この円盤は1496年から1501年の間に制作された航海用アストロラーベであり、それまでに発見された航海用アストロラーベの中でも最古のものであったことが判明しています。
航海用アストロラーベは17世紀一杯ごろまでは使用されていましたが、六分儀などの、より正確な計測器具が発明されるにつれ姿を消していきました。
百科事典などの説明ではアストロラーベと航海用アストロラーベは混同されて説明されることが多いですが、割と別のものです。
アストロラーベ四分儀(Astrolabe Quadrant)
アストロラーベのなかには、四分儀(象限儀)に組み込まれた「アストロラーベ四分儀」というものも生み出されました。
アストロラーベ四分儀もまた、いつどこで生み出されたのか正確には不明ですが、現存するものはオスマン帝国もしくはマムルーク朝が起源であり、12世紀頃のエジプトや14世紀頃のシリアで書かれた論文が見つかっています。
安価に作れるため平面アストロラーベの代用品として普及しており、17世紀から20世紀初頭まではオスマン帝国でよく使われていました。
四分儀(象限儀)とは四分円の扇形をした天文観測器具ですが、そこにそのままアストロラーベのリートの黄経目盛りや恒星の位置などが、四つ折にたたまれた形で刻まれています。
製作が簡単であり、平面アストロラーベとおおよそ同じ機能がありましたが、平面アストロラーベに比べると直観的に操作できるものではありませんでした。
ユニバーサル・アストロラーベ(汎用型アストロラーベ・Universal Astrolabe)
平面アストロラーベは現在位置の緯度が変わるとティンパンを入れ替えなければならないという欠点がありましたが、そのティンパンの入れ替えをしなくてもよいように改良されたのがユニバーサル・アストロラーベです。
ティンパンの交換を不便だと思った人はいつの時代にもいたらしく、11世紀半ばからアストロラーベの使用が衰退する17世紀まで、たびたび提唱されました。
しかし操作の複雑さやその他もろもろが結局は平面アストロラーベに敵わず、イマイチ普及しませんでした。
種類というか、作図の考え方は提唱者により複数ありましたが、実質的に再発明だったものもあり、ほとんど単発で終わっています。
その中で比較的主流になったのは「天球を春分点・秋分点から分至経線(夏至点・冬至点と両極を通る大円)へ投影する」ものでした。
サフェア・アルザケリス(Saphea Arzachelis / Saphaea)
ユニバーサル・アストロラーベというと、一般的にはこの「サフェア・アルザケリス(サフェア)」がよく知られています。
天球を春分点・秋分点から分至経線へ(赤道面に垂直に)ステレオ投影したもので、トレドの天文学者・アッ=ザルカーリー(*1028〜†1087)が考案し、1048年頃に発表しました。
ザルカーリーはこのサフェアでアストロラーベの顔ともいえたリートを取り払い、2種類の定規のみで操作するという大胆な改変を行っています。
このサフェアはイスラム世界でたびたび論考され、12世紀には羅訳されてヨーロッパにも導入されますが当初はほとんど注目されず、16世紀になってからフリースランド(現オランダ)の数学者・ゲンマ・フリシウス(*1508〜†1555)が改良したことで知られるようになりました。
なお、フリシウスの改良とほぼ同じフォーマットのアストロラーベは、それ以前にウィーンの技術者・ハンス・ドルン(*1430〜†1509)が制作していましたが、フリシウスがドルンの制作したアストロラーベを見たことがあったのかは、現在となっては不明です。
このサフェア・アルザケリスの使い方も当サイト内で説明しています。
ユニバーサル・ラミナ(Universal Lamina)
ザルカーリーがサフェアを考案したのとほぼ同時期か少しだけ早く、ザルカーリーも属するトレドの若手哲学者コミュニティにいたアリ・イブン・ハラーフ(生没年不詳)が、サフェア同様に天球を春分点・秋分点から分至経線へ(赤道面に垂直に)ステレオ投影した、また別種のユニバーサル・アストロラーベ「ユニバーサル・ラミナ」を考案しています。
ハラーフによる論文のオリジナルは現代では散逸し、中世スペイン語訳版のみがカスティーリャ国王・アルフォンソ10世(*1221〜†1284)により1276年に編纂された「Libros del Saber de Astronomía(天文学の叡智の書)」中に「Libro de la lámina universal」として現存します。
サフェアと異なるのは、操作にはルールなどの定規は使わず、グリッドを投影したリート(ラミナ・リート)のみを使う点です。
このリートにより高度に関する問題(特に太陽高度から時間を求める問題)や座標変換が一発で解決できるという利点がありますが、いかんせんリートの作成が非常に困難であること、そしてリートを作成できたとしても目盛りを見分けるのが非常に難しいという難点がありました。
このユニバーサル・ラミナとほぼ同じフォーマットのアストロラーベは、14世紀にアレッポの天文学者・イブン・アッ=サラージ(生没年不詳)によって再発明され1328年に制作されたり、16世紀のイギリスの数学者・ジョン・ブラグレイブ(〜†1611)が1585年に出版した書籍「Mathematical Jewel」で提案されたりしています。
なおアッ=サラージの万能アストロラーベやMathematical Jewelのリートの下半分には、南北の天球の極から赤道までの恒星と黄道をそれぞれ反対の極から赤道面へステレオ投影したものが描かれています。
しかし、アッ=サラージのアストロラーベの本物の方は差し替え用として赤道面へステレオ投影した目盛りのティンパンが付属してるからいいんだが、それ以外の「数学の宝石」とか現在のアッ=サラージのレプリカとかはどうやら分至経線にステレオ投影した目盛りのプレート(ティンパン)しか見受けられなくてだな、それじゃリートの恒星の指標が全く役に立たねえぞ(そもそもサフェア型やラミナ型ではリート側に恒星を載せる必要がない)と思ってるんだが、このツッコミについて語り合える人は多分いなさそうな。……同様の理由で実は例示したこのアストロラーベもリートの恒星の指標がエモいだけの見掛け倒しであり、実用できるものとは思われない。……っていうかみんな使い方わからずに作ってたんじゃねって気がしてきた。
ロハスのアストロラーベ(Rojas Universal Astrolabe)
ゲンマ・フリシウスの弟子であるスペインの天文学者・フアン・デ・ロハス・サルミエント(生没年不詳)が、1550年に出版した本の中で理論をまとめて詳しく解説したユニバーサル・アストロラーベです。
本はロハスが一人で書いたという訳ではなく、構造の解説部分はフリースランド人のフーゴ・ヘルトが執筆に協力しました。
このアストロラーベはステレオ投影ではなく、天球を分至経線に正投影したものとなっています。
「アストロラーベを正投影で作図する」というアイデア自体はロハス以前からありましたが、それまで注目されることはほとんどありませんでした。
ロハスの出した本が非常に評判がよかったため、このタイプのアストロラーベはロハスの名前で呼ばれるようになりました。
その他のユニバーサル・アストロラーベ
ユニバーサル・アストロラーベには上記以外に、13世紀にペトルス・ペレグリヌスが考案した南北の天球を赤道面に投影したもの、17世紀にフィリップ・ド・ラ・イール(*1640〜†1718)がサフェア型とロハス型の難点を改良した(…が、アストロラーベの全盛期は過ぎており注目されなかった)ものがあります。