ペンタクルのエース | Luminareo

ペンタクルのエース

ペンタクルのエース ― 現実になるまでコツコツと

2014-08-27

突然ですが、最近つくづく自分に対して思うんですが、「自分にはこの『土』の要素がまるで足りねえ」と思います。うん。

そんな訳で「ペンタクルスのエース」です。

ペンタクルスが象徴しているのは、「物質」とか「現実」、あるいは物質に接することで得られる「感覚」だとか、またはものごとを現実化させるために必要な「技術」とかですね。

それ以外に、最近「こういうのが『土』だな」と思うようになったのが、「物質化するまでのプロセスに要する諸々」ってことです。


あと、瀬野はタロット作りに取りかかって各カードについてきちんと考察してみるまで、特に「火」についてまるでピンとこなかったんですが、それは、要するに瀬野にとっては「火」的なことがカテゴライズするまでもなく当たり前すぎたってことだったかもしれん、とも思えてきた。

「土」が足りなすぎると

「土」の要素が足りなすぎとはどういうことなのか、「火」的なことが当たり前すぎとはどういうことなのか。

ハッキリ書いとこう。自戒のために。


「あれをやろう! これがやってみたい! だからやってみる!」的なことが、瀬野にはたくさんある。

やってみたい、と思いつくことだけは実にしょっしゅう次から次へと思いつく。
雨後の筍のごとく思いつく。
そして、やってみる意欲もある。めっさある。
だから思いついた先から手をつける。いろいろ次々やってみる。

しかし、手をつけてみてそこそこ出来たら、わりとそこで終わっちゃう。

……そういうことを当たり前に繰り返して、瀬野は今まで生きてきてた。

思いつくこと、やってみたいと思うこと、そしてやってみること、これはことごとく「火」なことなんだな。

瀬野の場合、「やってみたい」と始めてみて、人が教える通り、求める通りにやって、その通りに出来たことは山ほどある。

でも、そっから先、「自分のものとしての成果」を出せたことはほとんどなかった。


何かを始めてから、自分のものとしての成果を出すまでには、当然、山も谷も必ずある。

「これやりたい!」と考えついたこと自分としての成果として現実にするまでの間には、切り抜けにくいけど、やり続けて切り抜けなきゃならんことが、必ずある。

瀬野は、自分のものとしての成果を出すまでに
絶対にある山や谷をどう乗り越えるか
というのをあまり考えたことはなくて、そういうのを乗り越えるまでに、とっくに一抜けしてることばっかだった。

それは、いつも、他人から「それでOK」って言われればそれでおしまいにしちゃってたから、というのが大きかったんだな。

現実化までに必要なもの

……もうちょっと具体的な話を言おう! 自戒のために!
うん!!


つまり。
瀬野は「タロット作ろう~作りたい~」と思うこたずっと思ってた。

しかし、占いに使える、全くのオリジナルなタロットを作るには、まず、各カードが自分にとってどういうことかということを自分の中ではっきり整理してする必要があった!
78枚のカードごとにそれぞれ自分のイメージを固める必要があるんだな!

さらに、何より絵を描くのだって時間がかかる。

さらにさらに、絵を描いたあと、印刷はどうする?
オンデマンドで刷るか、それともちゃんと印刷に出して、流通させてもらうか。
流通させてもらうなら、他人とどう交渉するかとかいうことも考えていく必要がある。

「こうしたい! やってみたい! やってみた!」実際に現実になるまでには、結構ヘビーな手順をいくつもこなす必要がある。
それに、それに見合った時間だって必要な訳だ。

ところが、今までだったら瀬野は、こういうときすぐに焦れて、「今ちょっとこれにこんな時間はかけてらんない」とすっぽかして、すぐに達成できそうなことの方を優先させてきたんだな、瀬野は。

自分のものが出来るまで腰を据えて続けるということを瀬野は全然やってきてなかった。


瀬野の作るタロットなんか、出来上がらなくたって別に構わない。
瀬野の作るタロットが出来上がらなくたって、誰も困らない。
ぶっちゃけ瀬野自身だって困らない。瀬野はライダー版がありゃそれでいいし。

それならなんで瀬野はタロットを作ってるんだろうね?
完成なんかしなくたって別にいい。
ここで放ったらかしたって誰も何も言わない。

それでも作るって言うんなら、出来るまで作り続けなければ完成はしない訳で。


あまのじゃくにも、「途中で投げてもいいからやる」と思ってやってたら「自分に『土』要素が足りなすぎた」ということに気がついたですよ。

途中で投げてもいいからやってるならさ、せっかくだから続けなきゃね!

……って、なんのこっちゃ!!??