審判 | Luminareo

審判

審判 ― 本来の道へ解放される魂

2014-07-22

「審判」というカード、イマイチよく分からないカードでもあります。
一般的な解釈では「再生」とか「復活」とか言われますが、瀬野に限っては、このカードが出ても何かが復活した覚えなんぞ全くありません。

それに、一旦終わったものが今まで通りに再生だの復活だのってことなら、それって、瀬野的にはむしろ「死神」の逆位置の方がピンと来るわけで、この「審判」の存在意義がよく分かりません。


強いて言えば、「審判」は「10回の裏で逆転大勝利」的な感じがするのに対し、「死神」の逆は「復活してより良くなる」というより「元鞘」「元通り」って感じでしょうか。
だけど、そんな「逆転大勝利」なんて、そうそうしょっちゅう起こるもんでもないでしょ?

そうでもなければ、上から天使がトランペット吹いて、それで下には復活したというか、喜んで歓迎してるような人々がいて、このカード、とにかく「劇的な何か」が起こりそうな感じがするじゃないですか。

……しかし、「審判」のカードが出て、そんな「劇的な何か」なんて、全く起きた覚えがない!
それどころか、目立ったことは何もない!


瀬野にとってはこの「審判」、少し前によく出たカードで、かといって出たからといって特別何が起こるわけでもなく、意味を測りかねてたんですが、例によって例のごとく、なんかピンと来たので書いてみます。

それが本来進むべき道

このカード、瀬野的には、「復活」ではなく、「本当の自分」だとか「自分が本来行くべき道」現実に進行しだした時に出るっぽい、という感じがしてきたんです。

それは、つまり、もちろん、何かのきっかけで自分が本当に求めるものに(劇的に)気がついたような状態も表してはいますが、「その調子!その調子!」「それで順調よ!」と声をかけられているような、そんな感じでこのカードが出る場合もかなり多いんです。

出ても特別何もないってことは、極めて順調ってことでもある訳で。
そして極めて順調ってことは、本来進むべき通りだから順調な訳だ。

そんな訳で、このカードが出るからといって、別に毎回そんな劇的復活って訳でもないということが言える訳ですね。


そうなると、要注意なのが、たとえば、友人や恋人と別れた時にこのカードが出た場合ですね。

ある意味、瀬野的「世界」の解釈に通じる部分があるんですが、場合によって、別れた状態こそが己にとってあるべき状態っていう読みになる可能性がありえます。

……むしろ、瀬野的には、体感的にそうだったことの方が多いや。

この「審判」一枚で「関係改善! でめたしでめたし」とは結論できないでしょう。
劇的なウンチャラになる時は「塔」的なカードあたりが一緒に出るでしょうし、復活的なウンチャラになる時は「死神」の逆的なカードとかが出るでしょう。
周囲のカードがパッとしなければ「別れることこそが本来あるべき状態」かもです。

……だけどさ、別れた彼氏との復縁を願って占いをして「審判」が出たらさ、そら普通は「彼氏との仲が復活する」って読むだろうし、そう読みたいでしょうなぁ……。
「別れることが然るべき流れ」だなんて、受け入れられる人がそうそういるもんか。


そして、別になんもないときに、いきなりこのカードが出た場合、……基本的に、それで極めて順調ってことですね。おめでとう、おめでとう。
ただし同時に「塔」が出てたらそんなこと言ってる場合じゃないのでご注意を。Let's 断捨離!!

「本来の自分」の解放

このカード、「蘇る死者たち」という絵柄に解釈を引きずられて「復活」「再生」という意味を採用しがちですけど、

もしかしたら、この「死者」たち、死んだ者ではなくて、この世に生まれ出られたことがなく、ずっと棺に押し込められていた者たち ……という見方ができると思います。

この青白い色した人たち、本来ならこの世界に生きるべき魂だったにも関わらず、初めから、生まれ出ることも、生きることも出来なかったのだとしたら。

……そしたら、このカードのメインテーマは、「復活」というより本来あるべき姿へと「解放」されるという見方が出来る訳で。

むしろそういう見方をした方が、瀬野的には、しっくりきますよ。


「本当の自分」「本来の自分」を棺に葬って生きるだなんて、なにもそんな珍しいことではないじゃありませんか。

むしろ、瀬野も含めて、この世の中どいつもこいつも本当の自分の本音を押し込めることばかり学んで育ってきたんじゃないんですか。

そうやって、いつしか、本当の自分の本音を自ら葬ることが自分にとってごくごく当然のことに、それどころか無意識にさらりとやってのけるほどに、自分にとって極めて自然なことになっていくんだ。

このカードの、棺を暴かれ、天使の吹き鳴らすラッパに驚き喜ぶ人たちは、そうやって自ら押し込めてきた本当の自分の本音を象徴してるのかも、ですよ。