アストロラーベの構造とパーツ
なにはさておき、これがなくては説明が始まらんでしょ!
ということで、アストロラーベの各パーツと、パーツの各部分について説明します。
図は全部SVGで描き下ろしだよ! しかしものすごくハイコストな作画でしたですよ…
マーテル(Mater)
マーテルは、アストロラーベの土台です。
ラテン語でずばり「母」という意味で、日本の航海術研究家・茂在寅男(*1914〜†2013)によると「母体盤」と訳されます。
スローン(Throne)
スローンはマーテル上部に突き出たアストロラーベの取っ手で、吊り下げ用の紐を取り付けられるようになっています。
アストロラーベは高度や角度の測定でも使いますが、そのときには地面に対して垂直になっていなければなりません。
そのため紐で吊り下げる必要があります。
表面
表面の縁の外周には、24時間を表す時刻目盛りと、360度の角度を表す角度目盛りがあります。
通常のアストロラーベでは、縁の内側にティンパン(後述)をはめて使います。
裏面
裏面の外周には3重の目盛りがあります。
外側から順番に、360度の角度を表す角度目盛り、黄道十二宮のサインによって黄経を表す黄経目盛り、年間の日付を表すカレンダー目盛りがついています。
最外周の角度目盛りは天体や物体の高度の測定で使います。
黄経目盛りは、30度ずつに区切られた全12個のサインによって表され、それが黄経の360度の度数にそのまま対応します。
この黄経目盛りの始点は白羊宮の0度で、これはそのまま春分点である黄経0度に当たります。
……実は、占星術が扱うのは、この、黄道を12等分した黄経の目盛りの方なんですわ。星座じゃなくってさ。
ということで、この黄経目盛りはカレンダー目盛りに対応し、
双魚宮(♓)と白羊宮(♈)の境目(白羊宮0度=黄経0度)が、春分点(3月21日頃)、
双児宮(♊)と巨蟹宮(♋)の境目(巨蟹宮0度=黄経90度)が、夏至点(6月21日頃)、
処女宮(♍)と天秤宮(♎)の境目(天秤宮0度=黄経180度)が、秋分点(9月23日頃)、
人馬宮(♐)と磨羯宮(♑)の境目(磨羯宮0度=黄経270度)が、冬至点(12月22日頃)
となっています。
3重の目盛りの内側には、太陽高度から時刻を導く曲線や、「シャドウ・スクエア」という正方形型の目盛りが描かれることが多いですが、特に何も描かれないこともあります。
太陽高度−不定時曲線は、アストロラーベに描かれるのは赤道のみで有効なものが多く、本来は緯度によって曲線に歪みが生じます。
多くの場合で装飾目的であったようですが、太陽高度から現在の不定時での時間をおおまかに見積もることは可能です。
シャドウ・スクエアは、三角比を使って目標物の高さを測る三角測量や、三角関数の計算などに使われました。
ティンパン(Tympan)
ティンパンは、現在地の緯度における大地・地平座標を、南極から見たステレオ投影によって、南回帰線以北を表す平面の円に投影した円盤です。
都市ごとの緯度を基に算出した地平線および高度・方位を表す座表線が彫り込まれており、マーテルの表面にはめて使用します。
通常では1基のアストロラーベに、緯度別のティンパンが複数枚備わっており、自分のいる土地の緯度に対応したティンパンを適宜入れ替えて使います。
しかし小型のレプリカ品や、天文台などで土地に固定されたアストロラーベなどでは、マーテルとティンパンが一体となっていて、入れ替えのできないものもあります。
ティンパンの名称はラテン語の「ティンパヌム(Tympanum)」から来ており、ギリシャ語の「太鼓」が語源です。
英語解説では「プレート(Plate)」や「クライメータ(Climate)」と記述されることも多いです。
和訳では「地域盤」と訳されます。
天の南回帰線・天の赤道・天の北回帰線
ティンパンの中心は天の北極を表しています。
そしてティンパンには、中心と同心の円が3つ描かれます。
このうち一番外側の円は天の南回帰線を表し、リート(後述)の冬至点は常に必ずこの円の上にあります。
中ほどの円は天の赤道で、リートの春分点と秋分点は必ずこの円の上にあります。
一番内側の円は天の北回帰線で、リートの夏至点は必ずこの円の上にあります。
地平線、等高度線、天頂
等高度線は、現在地の緯度における地平座標で、高度0度から90度までを表している目盛りです。
高度0度にあたる一番下の等高度線が地平線を、高度90度にあたる点が天頂を表します。
アストロラーベの大きさによって、1度刻み、2度刻み、5度刻み、10度刻みなどで線が引かれます。
高度マイナス18度に当たる線が点線などで書き込まれていることがありますが、これをトワイライト・ラインと言います。
太陽が地平線の下18度にくる時(天文薄明)の時刻を算出する際に使います。
等方位角線
天頂から放射状に広がる曲線は方位角(方角)を表しており、等方位角線といいます。
南北方向は縦の直線で表されており、上方向が南、下方向が北を表します。
東西方向は天頂を通る曲線で表され、真東と真西を示す点は天の赤道上にあります。
不定時法による時刻の区分線
地平線の下に扇型に広がる11本の線は、不定時法による1時間を区切る線です。
不定時法とは、日の出から日没までの時間と、日没から次の日の日の出までの時間をそれぞれ12等分し、そのそれぞれの領域を1時間とみなす時法で、機械式時計が登場する以前の中東で使われていた時法でした。
時刻を日の出と日没から算出していた時代では、昼と夜、そして季節によって1時間の長さが変わっていました。
リート(Rete)
リートとは、マーテルにティンパンをはめ込んだ上に乗せる回転盤で、天の南回帰線以北の天球を、南極から見たステレオ投影で平面の円に投射したものです。
明るい恒星の位置と黄道が示されており、現在の星座早見盤の回転盤に比類できますが、アストロラーベでは空が東西反転で表現されている点が星座早見盤とは違います。
「Rete」はラテン語で「網」という意味で、重ねた上からティンパンの座標を参照できるように、その名の通り網のような透かし彫りが施されます。
施される彫りはごくシンプルなものから装飾性の高い華麗なものまでさまざまで、アストロラーベの顔といっても過言ではないかもしれません。
しかし現代では透明素材への印刷ができることもあり、昨今のコンピュータによる作図では黄道と星の位置のみがそのままプロットされているだけという場合もよくあります。
アストロラーベが作られた頃の古代ギリシアでは「蜘蛛」や「蜘蛛の巣」を意味する「ἀράχνη(アラクネー)」と呼ばれました。
和訳では「雷文盤」と訳されます。
黄道と黄経目盛り
中心のずれた小円は黄道(太陽の年間移動経路)を表します。
小円の一番外側の縁が真の黄道を示しており、ここにも黄経に対応する目盛りが振られています。
リート上の黄経目盛りは、
双魚宮(♓)と白羊宮(♈)の境目(白羊宮0度)が春分点(春分の時の太陽の位置、黄経0度)、
双児宮(♊)と巨蟹宮(♋)の境目(巨蟹宮0度)が夏至点(夏至の時の太陽の位置、黄経90度)、
処女宮(♍)と天秤宮(♎)の境目(天秤宮0度)が秋分点(秋分の時の太陽の位置、黄経180度)、
人馬宮(♐)と磨羯宮(♑)の境目(磨羯宮0度)が冬至点(冬至の時の太陽の位置、黄経270度)
を表します。
上でも書きましたけど、でも大事なことだから2回言うんですけど、黄道十二宮は「黄経に1対1対応」してまして、アストロラーベ全盛期の時代にこの黄道十二宮のサインは、黄経の座標を表すものでした。それ以外に形而上な意味も持ったけど!
つまり、
黄経0度 〜 30度 ←→ 白羊宮 ♈ 0度 〜 30度
黄経30度 〜 60度 ←→ 金牛宮 ♉ 0度 〜 30度
黄経60度 〜 90度 ←→ 双児宮 ♊ 0度 〜 30度
黄経90度 〜 120度 ←→ 巨蟹宮 ♋ 0度 〜 30度
黄経120度 〜 150度 ←→ 獅子宮 ♌ 0度 〜 30度
黄経150度 〜 180度 ←→ 処女宮 ♍ 0度 〜 30度
黄経180度 〜 210度 ←→ 天秤宮 ♎ 0度 〜 30度
黄経210度 〜 240度 ←→ 天蠍宮 ♏ 0度 〜 30度
黄経240度 〜 270度 ←→ 人馬宮 ♐ 0度 〜 30度
黄経270度 〜 300度 ←→ 磨羯宮 ♑ 0度 〜 30度
黄経300度 〜 330度 ←→ 宝瓶宮 ♒ 0度 〜 30度
黄経330度 〜 360度(=黄経0度) ←→ 双魚宮 ♓ 0度 〜 30度
です。
んで、一般にすごく混同されてるんですが、「天にある12星座」と占星術で扱う「シンボルとしての黄道十二宮(サイン)」は気持ちよく別物なんで注意してください。
正直、黄道十二宮と12星座の間には、ネーミングの由来以外には関係がないと言っちゃっていいくらいです。
そして占星術では12星座はガン無視でして、だから星座はマジ使いませんって、使ってるのは黄経です。
占星術では「惑星=黄道十二宮(サイン)>>>>>越えられない壁>>>>>12星座」です。これもう何度でも言うから。
そんな訳で、このサイトではサインのことは「○○宮」と表記して、意図的に星座とは区別してます。
黄道の黄経とか、現在星座のある場所とサインの象徴する箇所が、微妙にかぶって微妙にずれてるから嫌げだよね……まあ歳差現象で春分点が移動してるからなんだけどさ。
恒星
透かし彫りによるアストロラーベのリートでは、ところどころが棘のように尖っていますが、その尖った先が主だった恒星の位置を示します。
リートにどの恒星が含まれるかということには、特に決まりはありません。
透かしもごく単純で10個程度の恒星しか含まれていないものから、中には100個以上の恒星を入れ込んだアストロラーベまであり、これまた物によってさまざまです。
アルムリ
リートの黄道の円の磨羯宮0度のところに設置されたポインターで、アラビア語でそのまま「指針」という意味です。
等高度線でさらに細かい位置合わせが必要なときなどに、表面外周の角度目盛りと合わせて使用します
ルール(Rule)とアリダード(Alidade)
アストロラーベの裏表でそれぞれ回転する、時計の針のような部品です
ルール(Rule)
ルールは表面のリートの上で動く針で、リート上での太陽の位置を示したり、時刻を割り出す際に使います。
天球側の赤緯に対応した赤緯目盛りが付いていますが、この目盛りはないこともあります。
さらに場合によってはなくても用が足りるときもあり、中にはルールの備わっていないアストロラーベもあります。
「Rule」はラテン語でそのまま「ものさし・定規」という意味です。
アリダード(Alidade)
アリダードは裏面で動く針で、両方の端に視準板が立ち上がって取り付けられており、そのそれぞれの視準板に小さい穴があいています。
この2つの穴は視準孔(のぞき穴)で、太陽や星などの天体や、物体の高度を測定するときの照準器として使います。
アリダードは日本語だと「示方規」ですが、アストロラーベの部品としては「指方規」と訳されます。
日中に太陽の高度を測るときは、アストロラーベを紐で吊り下げ、視準孔の影を地面や手のひらに投影させて使います。針を回して2つの視準孔の影がピタリと重なった時の針の傾きが太陽の高度となります。
夜間に星や月などの天体の高度を測るとき、物体の高度を測るときには、アストロラーベを目の高さに吊り下げ、2つの視準孔を通して星や月、目標物の先端などが見えるように針を回転させます。
天体や物体の高度を測る照準器として以外に、マーテル裏面の黄経目盛りとカレンダー目盛りから任意の日の太陽の黄経を割り出すための定規としても使用します。
ポスト(Post)とホース(Horse)
アストロラーベを組み立てる際に、中央の軸となるパーツがポストです。
しかし単にポストにパーツを差し込んだだけでは、吊り下げたときにパーツが外れてしまうので、組み立てた後にポストに楔を差し込んで全体を留めます。
この楔にはホースという名称があります。
ティンパンを入れ替える必要があるため、通常のアストロラーベは分解できるようになっています。