Luminareo

別館 Luminareo

別館 Luminareo

Luminareoではスピリチュアルや占い魔術ぽいこととかがたぶんメインテーマですが、スピでも占いでも魔術でもそれ以外のどんなことでも、それがうまくいって幸せになるには「自分の幸せとはどんなか」をすでに把握できているかどうかにかかってます。

ところが、スピとか占いとかを深追いするようになった人たちの大半は全くの逆回転で、幸せになることを求めてスピや占いや魔術にハマり、さらに幸せになれないというドツボにハマる訳ですね。

スピや占いとかをやって「これをやってうまくいったら幸せになるはずが、やってるけれどなんかイマイチ」なのは、やったはいいけど手法がイマイチ自分に合ってないから幸せになれないのではなく、幸せじゃないから何をやってもイマイチなのです。

という訳で。
別館 Luminareo自分全肯定!幸せエクササイズ」で、そんなスピとか占い以前の、そもそも「自分の幸せとはどんなか」を見つけるためのあれこれを随時書いてます。

幸運の研究

別館 Luminareoのコンテンツです。
電子書籍「幸運の研究」と、その執筆の際の覚え書き集。
幸運とはどのようにして生じるのか。そのメカニズムを考えてみました。

幸せエクササイズ

別館 Luminareoのコンテンツです。
「幸運の研究」を実践的に、「自分の幸せとはどんなか」を見つけるためのエクササイズ。

……とはいっても、今の自分が思ってること感じてることに対して、ひたすら自分で「そう思って当然! これでいいのだ!」と宣言し続けるだけですよ。

蛇足

2014-06-25

これは以前某所に投稿したことがあるんですが、改めてここに書きます。
別館じゃなくてここに書くのは、あっちに書くには辛辣だし、なにしろ蛇足だから。
超辛口だよ。激辛だよ!


「幸せ」とか「うまくいく」コツってやつは、実際のところシンプルです。
だから、メソッドをうまく使いこなしている人たちは「簡単です」とか「すぐに幸せになれます」「みんなできます」という言葉を嬉々として連発します。

だけど、今の辛さを解消しようとメソッドをして苦戦している人たちにとってそのありがたい言葉は、さらなるドツボへの入り口にしかなってません。

なぜなら。

スピなメソッドだの占いだの魔術だのを使いこなしている人たちというのは、そのメソッドをやってもどうもうまくいかず苦戦している人たちとは全然違って、デフォルトの状態が、すでに「相当幸せ」です。

そして彼らは、自分のメソッドが失敗してうまくいってなくても、そこまで気に病む必要がないレベルに「そこそこ幸せ」です。
メソッドに苦戦してる人たちからすると想像もつかないほど、彼らは常に幸せです。

メソッドを使いこなしている人たちというのは、そのメソッドがうまくいくいかないに関係なく「すでに幸せ」なんです。

そして幸せだからこそ、さらにうまくいくんです。

どうしてもメソッドに苦戦する人というのは、メソッド以前に問題があるんです。
その問題とは、ズバリ「幸せではない」ということです。


例えて言うなら、メソッドを使いこなしている人たちというのは「生まれた時から水大好きで、水に入るのが楽しい人」みたいなもので、メソッドに苦戦している人たちというのは「水が怖くて全く水に入れないが、泳がなくてはならない人」みたいなものです。

メソッドを使いこなしている人たちの「簡単だよ!」「みんなできるよ!」というのは「泳ぐのなんて簡単だよ! こう腕を動かせば泳げるよ! ほら簡単だよ!」と、すでに水の中に入って浮かんではしゃいでいるようなものです。

メソッドに苦戦している人たちというのは、それを見て、でも自分が水の中に入るのは、自分の常識では根本的にあり得ないため、水の中には入らずに、陸の上で、教わった腕の動かし方を練習して「泳ぐってこうやって腕を動かすことか!」と言ってるようなものです。

そんな、苦戦している人たちが本当に泳ぐためには、自分の常識である「水の中に入るなど根本的にあり得ない」を打ち破ってとにかく、まずは「水の中に入る」ということをクリアしなくてはなりません。
問題は、教わっている内容以前のところにあるのです。

ところが。

メソッドを使いこなしている人たちにとって、「水の中に入る」ということはいちいち意識せずにできる当たり前の常識なので、意識したことすらありません。
彼らには「水の中に入るなど根本的にあり得ない」ということが全く理解できません。
「世の中には水の中に入れない人がいる」ということも全然思いもよりません。

彼らは、彼らにとって言うまでもない当たり前の点が実は一番肝心な点であることに気づいてないのです。


……という感じで、

メソッドをうまく使いこなしている人たちというのは、あまりにくだらな過ぎることに対しても、すぐに幸せを見いだせるような、簡単に幸せになれるのが当たり前の人種なのです。

そして、自分の使っているメソッドのことも、うまくいくことを期待しているのではなく、そのメソッドをやること自体が幸せだから使っています。

成功者は「成功するまで諦めずに続けた」と言いますが、そんなのは大嘘です。
いくら失敗しても、うまくいかなくても、そんなの構わずやってられただけです。
彼らは、たとえ成果が出ずに一生を費やしても、それでも構わず続けるでしょう。

非常に残酷なことは、メソッドを使いこなしている人たちというのは、いくら懇切丁寧に教えてくれていようが、言ってることがいくらツボを突いてようが、苦戦している人たちの不幸の根源である「いくらやってもうまくいかなくて、いかに辛いか」という点に関してだけは全く理解できないし、理解する気もさらさらないということです。


そんな訳で。

メソッドに苦戦している人たちが本当に取り組むべきなのは、

メソッドを使いこなしている人たちと比較すると、自分は幸せの場数が少なすぎるため、幸せ感知能力というものが非常に低く、自分の想定している幸せというのも曖昧で質が悪いということを自覚すること。

そして

何ひとつ改善していない今ここの中で、どんなにくだらない幸せでもいいから、何がしかの幸せと喜びを感じとる訓練をすること。
幸せの場数を踏むことで、自分にとって質のいい幸せとは何かが分かってくるのです。

さらに

もし、自分が今やっているメソッドについて、「うまくいきそうだからやってる訳で、もし必ず失敗するならやってられない」と感じるのであれば、そんなメソッドはいますぐ投げ捨てること、なのです。